【観劇】『MANKAI STAGE「A3!」~WINTER 2020.08~』レポ・感想【一幕後半】

冬単一幕感想の後半。劇中劇のシーンから一幕ラストまでの内容です。

前半はこちら。 

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▼劇中劇:主人はミステリにご執心

まず、最初のライティングがとにかく美しかった。衣装を着た5人のシルエットが順番にスポットライトで浮かび上がる。今回は旗揚げ公演の天使とは違い、ジャケット、燕尾服、ベスト、袴、制帽に外套と、様々な衣装の違いがわかるのが見ていて楽しい。エーステは、各キャラクターが立ったり動いたりした時のシルエットに物凄くこだわっているのがわかるので、今回の『主ミス』の衣装も、文句の付け所がないくらい完璧で、見た目の完成度が鬼のように高かった。これが見たかった…!という正解を見ることができて嬉しかった。

前回の『天使を憐れむ歌。』は、激しい動きのあるシーンが少なかったが、今回はけっこうダンスも挟まってくるようだ。最初のみんなが椅子を持ってうにょ~と動かすところが好き。

演目が始まる前に、一人ひとりにスポットライトが当たり、ハイライトを映し出すような演出で次々と台詞が語られる。

今回の物語のキーパーソンとなる草薙嬢(こちらに顔は見えず、キャストによる兼ね役。支配人役の田口さんか?)が現れ、ハンカチを舞い上げ静かに倒れる。

 

全員『コリウス花言葉は……』

 

暗転し、『主人はミステリにご執心』という今回のタイトルが浮かび上がる。

エーステの劇中劇は、本来ならストレートプレイであるはずの演目を、わかりやすくミュージカル仕立てで演じるため、歌と台詞を織り交ぜた展開となっている。が、冒頭のこのダイジェストのような演出は新しいなと思った。

そして今更なんだけど、鷺島衣装の誉、脚がなっっっっがい。田中くんのことはテニミュ乾貞治の時から知っているので、あえて言及することでもないと思っていたのだけど、この衣装だと余計に際立つ。縮尺がバグって見えた。

 

舞台は大正の日本、名家のお屋敷らしき一室から物語は始まる。

鷺島『志岐さま。志岐さま?……志岐さま、庭のシクラメンが綺麗に咲いております。シクラメン花言葉はご存じで?』

志岐『鷺島、なぜ僕が無視をしているのに話を続ける?』

鷺島『無視をしておいでだったのですか?』

既に感じられる、稽古時との誉の演技の違い。

私は正直なところ、「こう来たか。」と思った。

原作の鷺島は、一歩引いた正統な執事らしさの中に控えめな毒が随所にある感じだったが、ステはそれよりも慇懃無礼な態度が前面に出ていて、ペラペラと好き勝手におしゃべりを始めるような感じ。志岐との掛け合いも、よりラフな雰囲気がした。

エーステの見どころは、’’役者が演じるキャラクター、そのキャラクターが演じる役の解釈と演技’’が観られるところである。

つまり、ややこしい言い方だが、原作の有栖川誉(CV:豊永利之)が演じる鷺島と、舞台の有栖川誉(演:田中涼星)が演じる鷺島は、同じ役なのだけど、台詞回しも、雰囲気も若干違う。

例えば、原作の誉さんの話し方は、たっぷりと抑揚のあるゆったりした間を取るような話し方で、独特のマイペースさと、少し浮世離れしたお坊ちゃん感が出ている。対して、ステの誉さんは、素早く回転する思考回路がそのまま溢れ出るような、いつも楽しそうでちょっとせかせかしたオーバーリアクションで捲し立て気味の話し方になっている。

好みの違いはあれど、私にとっては両方が有栖川誉だと思える。しかし、舞台の鷺島は間違いなく’’田中くんの演じる誉が解釈した鷺島’’だなと思った。

 

部屋に篭ってばかりいる志岐に、散歩に出掛けて花でも見たらどうか、と声をかけるが、志岐は花言葉なんかに興味はない』とそっぽを向く。

鷺島『草薙家のご息女も散歩に出かけている時間なのですが。』

志岐『すぐに行こう。シクラメンが見たい!』

ここは大きな改変。志岐が草薙嬢に前から好意を抱いていたという設定に。

志岐は調子のいい生意気なおぼっちゃんという感じで、《こんな言うこと聞かない執事がいるか》という歌詞があるが、本当に鷺島が言うことを聞かないわけではなく、あれこれ世話を焼いて話しかけてくる鷺島のことを鬱陶しがっている様子と思われる。

また、やたらと花や花言葉が強調されているのもオリジナルの設定だ。

『やれやれ、志岐様は犬よりも頭がお悪い。』という、鷺島を代表する台詞がいきなり冒頭で出てきたのには驚いた。後で正しい文脈で出てくるのだろうか?

 

鷺島の口車に乗せられて、散歩に出かけた先でハンカチを見つける。そのハンカチにはコリウスの花の香り』がついていると鷺島が指摘。ハンカチを拾って差し出す所作が美しい。

志岐『これは…草薙嬢のものだ!』

ハンカチの香りでわかるの?!と少し驚き。前から面識があったということだろうか?

遠くを見ると、道に倒れている草薙嬢が。しかし、鷺島が確認すると、なんと既に彼女は事切れていた。

 

そうこうしているうちに、現場には丞演じる刑事の中津啓二が到着。『中津ケイジケイジとは。』という台詞は、志岐ではなく鷺島のものに。中津は原作よりも強引で、気の強い人な印象を受ける。中津は、以前から面識のある志岐に動機があるのではないかと疑いをかける。

志岐『失礼な、この僕が犯人だとでも言いたいのか?』

中津『まぁ、調べればすぐにわかることですから。』と高圧的な態度をとる中津。

 

気を悪くした志岐が、事件の関係者の人間関係を調べるよう鷺島に命令する。

鷺島『余計なことに首を突っ込みたがるのは志岐さまの悪い癖です。』

志岐『犯人としてこの僕が疑われているんだ、黙ってはいられないだろう?』

そうして屋敷に集められた中津刑事と、関係者と思しき残りの2人、草薙嬢の兄である静馬、草薙嬢の婚約者である相馬京一。

静馬『妹は人から恨みを買うような娘ではありません。賢く、気立ても良く、誰からも愛される素晴らしい娘でした。』

原作の静かでミステリアスな雰囲気とは違い、屋敷の当主らしい凛とした話し方のステ東が演じる静馬。

相馬『彼女は婚約者として完璧な女性でした、僕には勿体ないくらいの人で…』

気弱な青年らしき相馬、なぜか言葉は褒めているのに静馬がそれを物凄く訝しげな顔で見つめている。

 

突然、犯人がわかったと言い出す志岐。大丈夫でしょうか?と返す鷺島に、ミステリをたくさん読んでいて良かった!という。志岐は意外と読書家なのだそう。

志岐『犯人は……中津刑事、あんただ!ミステリーのセオリーなのだよ!もっとも意外な人物が犯人というのはねぇ!』

気分を害し、付き合ってられないと怒って退出する中津。それと同時に、体調がすぐれないからと言って、部屋をそそくさと出ていく相馬。

 

鷺島『志岐様、中津啓二刑事は犯人ではありません。』

なんだと?!と本気で驚く志岐。そりゃそうだろう。この中津啓二刑事という言い回しが少し気に入ってるっぽい鷺島がちょっとお茶目。『お前は犯人がわかっているというのか?』と問う志岐に『さて?』と意味深な返答をする鷺島。

どうやらこの時点で鷺島には心当たりがある模様。この『ありません』とか『さて』の言い方がとても好きだった。応答しながら自然な動作で椅子などを片付けているのも執事らしくて良い。

時を同じくして、志岐と同様に刑事を快く思っていなかったという静馬。志岐の突拍子もない推理が面白かったと言い、意気投合する。

静馬『ひょんな出会いというのは、意外なところに転がっているものですね。そう思いませんか?』

志岐『ああ、そうだな。君とは仲良くやれそうだ。』

 

東(添い寝屋、詩人、記憶喪失。僕らが同じ演劇をやるなんて…。ひょんな出会いは、意外なところに転がっているものだね。)

誉(ひょん?詩興が湧いたよ東さん!表情のぬらりひょん、無表情でイリュージョン!)

密(アリス、芝居に集中して。)

誉(ああ、失礼……。)

エーステにおいては最早お馴染みの、この謎空間における心理描写。しかし、相手と掛け合いをし出すのはどういう原理なんだろう…?芝居に集中してとまで言われてしまうオリジナル台詞に、そんなことある?とちょっと思ってしまった。今更かもしれないが。

仲が良くなった記念に、静馬が本を渡してくれる。その本には栞が挟んであり、『おや、可愛い栞ですね。』となぜか鷺島がサッとそれを抜き取ってしまった。

この後の「♪主人の珍しいご友人~~~~↓」が好き。

 

犯人捜しを続ける志岐の元に、これ以上事件に関わるなという内容の脅迫状が届く。犯人を捕まえようと何やら企む志岐。

鷺島『志岐さまがそのお顔をなさる時は碌なことがございません。』

志岐『なに、少し餌を撒くだけさ。』

少し餌を、のところで毎回椅子をトン!と置くのが好き。悪企みをするいたずらっ子のような顔で何か企んでいる志岐。

 

触れていなかったが、劇中劇では後ろ中央のドアがステンドグラスのようなライトで照らされていて、お屋敷仕様になってるのがとても素敵。

そのドアに浮かび上がるシルエット。相馬が東条家の屋敷に忍び込み、暗闇の中で強襲をかける。しかし、椅子に座っていたのはおとりである鷺島だった。そしてそのまま華麗な身のこなしで、ナイフを持った相馬を返り討ちにする。暗くてはっきり見えたわけではないが、まさか誉のアクションが見られるとは!誉はあまり体力があるイメージはないけど、どんな気持ちで挑戦したんだろう。その稽古風景が見てみたい。丞や秋組と練習したりしたのだろうか?

中津『その身のこなし…お前一体何者だ?』

鷺島『ただの執事、ですよ』

意味ありげな台詞を言いながら、押収したナイフを中津刑事に渡す鷺島。しっかりと普段つけている白手袋の上からさらにハンカチで包んでおり、抜かりがない。鷺島には何やらただならぬ設定が加わっている様子。まあ、良家に仕える使用人で、お坊ちゃんの昔からの付き人的な扱いなら、護身術くらい嗜んでいてもおかしくはないのかも。本当に深い意味はなくただの執事なのかもしれない。

脅迫状は書いたが草薙嬢は殺していない、と弁解する相馬。気の弱い仮面が剥がれ、段々と本性を露わにし始める。

相馬『脅迫状もバレたし東条志岐の襲撃にも失敗した!俺を捕まえたところで大した罪にはなんねぇよなぁ…?』

鷺島『しかし真相を草薙さまに知られるのは困るのでは?』

志岐『どういうことだ?鷺島』

鷺島『ご自分でお話しなさいませ。殺人の疑いも晴れる…』

文字だと伝わらないのが惜しいが、田中君のこの含みのある言い方がものすごく良くて、なんというか、語尾で感情表現するのがとても上手い。いや、厳密に言えば鷺島は’’何を考えているのかわからない’’というのがミソな、相手を煽ったり煙に巻く感じの役なのだが、それがわかりやすくて良い演技だなぁ~と思っていた。毎回聞いても好きな台詞だった。

渋々、自分の罪を告白する相馬。

相馬『他にも女がいたんだよ…!あの女と婚約したのは財産目当てだ…』

志岐『何だと?』

相馬『あんなつまんねぇ女と結婚したいわけねぇだろ?!でも、金には困んねぇからな…けどそれがバレたら、いま草薙家に貰ってる援助もなくなっちまう!あーあー死ぬなら結婚した後にしてくれりゃ良かったのによ~!』

清々しいまでの屑!原作でも好きな箇所だが、荒牧くん演じる紬の演技が素晴らしく突き抜けていて、真っ当な不快感を与えてくれた。

その言葉を聞き、思わず相馬に殴りかかる志岐。

志岐『刑事、僕が今何か?』

中津『……目にゴミが入っていてな。何かあったか?』

舞台オリジナルのくだりだがとても良かった。脅迫罪、家宅侵入罪、その他の余罪を疑われ連行される相馬。

密(紬の演技、憎たらしすぎ。)

誉(ワタシも危うく手をあげる所だったよ!)

この心中台詞が、鷺島としての怒りと誉としての怒りが入り混じった感想なのが面白い。特に、温厚で家柄も良く、暴力とは無縁そうな誉に’’手をあげる’’という発想があるのがなんだか興奮した。

しかし、舞台上で取る行動は、誉のものではなく鷺島の行動として客には捉えられてしまう。心ではそう思っても、主人に従順に仕える執事という立場では、直情的に行動できない。鷺島はそういう意味で、普段から感情をオープンにしすぎるほど表現している誉にとっては、尚のこと心情を掴むのが難しい人物だったのかもしれない。皮肉にも、自分が周りからは’’何を考えているのかわからない’’と思われがちだけど、誉は意図してそうなっているわけではないので…。

紬(あとは頼んだよ、2人とも。)

連行される相馬を演じながらの紬からの主演・準主演へのメッセージ。

 

鷺島・志岐『♪犯人は京一じゃない 犯人は一体誰なんだ』

鷺島『♪ハンカチについていた香り 真実は優しいとは限らない』

志岐『♪真実が知りたい』

鷺島『やれやれ、志岐さまは……』

事件の真相を知りたがる志岐に対し、呆れと、ほんの少しだけ気遣いを滲ませた鷺島の表情。ドアを閉めて出ていく所作が優雅。《真実は優しいとは限らない》という歌詞に、鷺島の表には出さない優しさが垣間見える。

 

場面は騒動が過ぎ去った志岐の屋敷へ。

音楽が止み、時計の秒針の音だけが、静まりかえった部屋の中に響いている。静馬から借りた本を読んでいた志岐に、気の合う友人ができて何よりだと言う鷺島は、なぜか『では、犯人探しはおやめになりますか?』と志岐に問う。

志岐『なぜそうなる?勿論やめない。』

鷺島『…そうですか。』

志岐の半ば意地とも捉えられる決心の強さに、少し残念そうな表情を滲ませ、燕尾服の内ポケットからいつかの栞を取り出した。

鷺島『その本から漂う香り……コリウスの花の香りですね。』

志岐『…コリウス?どこかで……まさか?!』

コリウスの香りがついていたのは、亡くなった草薙嬢が持っていたハンカチと、静馬がくれた本に挟まっていた栞。そして、本の所持者は静馬。ここでやっと、志岐の中に草薙嬢を殺した犯人の実像が浮かび上がる。

鷺島は、その事実をとっくに知っていながらも、せっかくできた友人が殺人犯であるという事実に主人が傷つかないよう、隠しておくという選択肢もできた。しかし、いずれ志岐は真実に辿り着いてしまうだろうということを察し、早めに決着をつけさせたのだろう。

原作では志岐が栞を所持しており、気付くのも志岐だが、ここの改編は、鷺島の主人に対する不器用な気遣いがわかりやすく関係性として見えるのでけっこう好きだ。

あと、志岐が犯人に気づく瞬間の、迷いのある瞳の動きの演技が細かい!気づいてしまったが信じたくないという志岐の気持ちの揺れが伝わってきてとても良かった。まさに冬組の専売特許とされる繊細な芝居がここにも再現されている。

鷺島『だから、犯人探しはおやめになりますかと申したでしょう…!志岐さまは犬よりも頭がお悪い…。コリウス花言葉はご存知で?』

志岐『花言葉に興味などないと言っているだろう!』

取り乱して叫ぶ志岐。急にそんな悠長なことを言い出した鷺島に対して憤っている。

鷺島『コリウス花言葉は…』

 

鷺島・静馬『叶わぬ恋。』

BGMが変わり、鷺島と、舞台に現れた静馬が同時に言葉を発する。

正直、舞台オリジナルで何度も出てくるこのコリウスの’’叶わぬ恋’’というワードが何を指しているのか、最初は全くわからなかった。静馬は、『愛する妹があの男に嫁ぐのが我慢ならなかった!僕がもっと早くあの男の本性に気づいていれば…』と言う。

静馬が花言葉の意味を知っていたことから、実は’’叶わぬ恋’’は静馬の気持ちの方にかかっていて、静馬が所持していた栞についていた香り=静馬の気持ちで、まさか肉親間の恋愛を指しているのか?!とも思ったが、ちょっと捻りすぎなので、順当に考えて、草薙嬢には他に想い人がいたが、何らかの理由により相馬家に嫁がなくてはならなくなったとか、そんなような理由だと思いたい。

……と、これを書くまでそう思っていたが、やはり思い返すと、元々原作からこの話自体が、禁断の恋を匂わせているのではないかと感じ始めた。

血の繋がりがありながらも恋をしてしまった2人。しかし、名家の令嬢ならばいずれは嫁いでいかなければならない。草薙嬢は自分の感情を花言葉としてハンカチの香りに秘め、その婚約を受け入れたが、静馬は相馬の本性に気付いてしまう。そして、決して明るい未来の無い、退廃していくだけの恋とわかっていながら、屈折した愛情を抱えた末、犯行に及んだ。

原作の『主ミス』イベントで手に入る東のNカードの客演スキル名は『兄妹の秘め事』。これを踏まえると、舞台の方が、花言葉などで二人の関係性がより強調されて仄暗さは感じるが、納得はいくような気がする。しかし、脚本の真相は恐らく観客に委ねられている部分が大きいだろう。綴に詳しく聞いてみたい。

静馬『唯一の誤算は君が関わったことだよ。まさか、僕以外に花言葉に興味がある男がいたとは…』

志岐『それは、こいつが…』

鷺島『うちの主人は博識なのです。』

志岐のメンツを立てる鷺島。表に中津刑事を呼んであります、と静馬の出頭を促す。どこか達観したような表情で去っていく静馬を、鷺島が呼び止める。

鷺島『草薙様。ナイフは正面から静かに突き立てられていた。揉み合った形跡もなく。』

静馬『…それが何か?』

鷺島『草薙嬢は…望まぬところへ嫁ぐより、愛する兄に、殺されることを選んだのかもしれませんね。』

静馬『…ありがとう、執事さん』

連行される途中、静馬は妹の幻覚を見る。舞台の上に現れた草薙嬢の幻は、そっと静馬を見つめ、こちらに表情を見せることなく去っていく。しばらく呆然と草薙嬢が消えた虚空を見つめ、立ち尽くす静馬だったが、中津に引きずられるようにその場を後にする。

 

状況が飲み込めず、椅子に座ったまま困惑した様子の志岐。すると、なんと突然鷺島がバックハグ?のような動作で後ろから志岐に覆い被さった。

『だからなんだ?!』と更に混乱する志岐。こっちも混乱した。

鷺島『さすが志岐さまは犬よりも……いえ、なんでもありません』

ここでこの台詞をまた挟んでくるのも最初は意味がわからなかったが、ツイッターで物凄く納得できる解釈を見て、なるほど!と思った。自分で思いついたことではないので、ここには記さないでおく。しかしそれがないと、ずっとこのシーンの意味がわからなくて、ただの鷺島の気遣い?にしてもハグって……と悩み続けていただろうと思う…。

 

ハンカチが飛ばされてきたあの日と同じ、強い風が吹き抜ける。

志岐『…あの日も、風の強い日だったな。』

鷺島『…大丈夫ですか?』(ここから以下は、誉のアドリブという設定。)

志岐『何がだ?』

鷺島『珍しくご傷心なのでは……いえ、差し出がましいことを申し上げるところでした』

志岐『お前が僕を気遣うなんて気味が悪い。一体何を考えている?』

鷺島『…私は思っていたよりも、志岐さまのことが好きなようです

志岐『……全く、変な奴だ』

『お前が僕を気遣うなんて』の部分は、時計が見つかった際の誉と密のやり取りと逆になっている台詞なのが粋だ。

ここで音楽が切り替わり、聴き覚えのあるあの曲のアレンジになりドキドキした。

密(さっきのアドリブいらない)

誉(少しばかり本音を混ぜてもいいかと思ったのだよ!)

密(無駄に台詞が増えた…)

誉(よくわかったのだよ。ワタシは自分で思っていたよりも、密くんのことが好きなのだと!)

密(オレは別に好きじゃない…)

この台詞が、ここに心中台詞としてサラッと入ってくるのが予想外だった…。後述するが、この掛け合いは本来、原作では千秋楽の後になぜあのようなアドリブを入れたのか、と直接話し合うやり取りになっている。

 

鷺島「♪擦り切れてた悲しい愛が」

志岐「♪ああ仕組んだ共犯」

2人「♪今は優しい夢を」

2人が歌い出したのは、原作の『主ミス』のテーマ曲、『esの憂鬱』である。エーステでは、劇中劇の最後に原作のイベント曲を歌うというセオリーがあるが、私はこの曲がとても好きなので、舞台で聴けるのを本当に本当に楽しみにしていた。なんなら田中くんと植田さんの声でイメトレしてたくらい楽しみにしていた。

原曲と同じ複雑な2人のパート分けと、鷺島(誉)の高音ハモリが見事に再現されていて、とても感動した。植田さんの声質はソロの時よりもかなり密に寄っているし、田中くんの歌い方は豊永さんを意識したような抑揚があり、特に《静かに》のビブラートがとても良くて、こんな歌い方できるんだ?!とびっくりした。原曲へのリスペクトと2人のハーモニーが感じられる素晴らしい出来だった。特に千秋楽が一番綺麗にハモっていて、これが聴けて本当に良かった!と心の底から思えた。(とても公演に合った素晴らしい曲なので原曲の視聴動画を貼っておくhttps://www.youtube.com/watch?v=2i2-j9nMvSE&t=313s

最後の《さよなら  あゝ無情》の振り付けが、誉が一番余韻を残している優雅な動きなのも良かった。

 

曲が終わり、終幕。

終わった瞬間、ニコニコしながらみんなより先にお辞儀しちゃう誉。密にトントンと肩を叩かれて、おっとすまないねという表情で、下がって全員で礼。背の高い人がお辞儀をすると、腰の高さがみんなと違うのが好き。センターに立つ誉さんの姿を脳に焼きつけた。

 

▼終演後

舞台から降りて、監督に即ダメ出しを求める紬と丞。密は既に眠たくなっており、誉があちゃ~という顔で肩を抱きながら運搬している。

とにかく、何事も衣装を脱いでからじゃないと瑠璃川くんに怒られますよ!と支配人に言われ、ゾロゾロと賑やかに袖へ捌けていく。

東「ボクもカツラ外さないと」(この演目の際、東は短髪)

誉「短い髪も似合っているよ」

東「ふふ、ありがとう。」

立ち止まり、意味ありげに監督へ話しかける東。

東「…願掛けで伸ばしてたんだ。いつか話す時が来たら、教えてあげる」

ここで、エーステとしての一幕は終了。

 

原作ならば、ここで上記の’’本音を混ぜたアドリブ’’についてのやり取りがある。

誉「いいじゃないか。普段のワタシたちのやり取りなら、少しばかり本音を混ぜてもいいかと思ったのだよ。」

監督「本音?」

誉「今回の一件で考えたのだ。なぜ面倒なはずの密くんの世話をワタシがするのか……。甘ったるく、うっかりすると手がベタつくマシュマロをかいがいしく運んでやるのか……。

そしてさっき行きついたのだ!きっとワタシは自分で思っていたよりも密くんのことが好きなのだと!」

密「…。」

この「今回の一件で考えた」というのは、’’相手の身になって考える’’ということを鷺島に当てはめ、「鷺島がどうして志岐に仕えているのかわからない」 ということに対して、誉なりの結論を出したということだろう。

このやり取りが無く、劇中でいきなり「密くんのことが好き」と言い出すので、誉が唐突に密への好意を吐露したように見えてしまったのが惜しいなと思った。

 

更にこのあとエピローグでは千秋楽の描写があり、誉はみんなとそれぞれ握手をし、「密くんには特別にハグだ!」と言ってハグしようとする(が、躱される)といったシーンがある。これを劇中のバックハグで回収しているのかな?と見ていた当時は思っていた。

また、千秋楽のあとに冬組全員で打ち上げに出かけるのだが、舞台ではそのエピソードも無く、ここで初めて誉がお酒を飲むと泣き上戸になることが判明するという話などもカット。エーステは頑なに冬組にお酒を飲ませないが、何か意図があるのか、単に尺の関係で不必要と判断されているのか…。

そして、飲み会はまだ良いとして、最後にやってほしかった大事なシーンがあった。肝心なのは、その打ち上げ帰り道でのシーンである。


いつになく神妙な雰囲気で、話したいことがあると言い、誉が道の真ん中で、みんなに心の内を打ち明ける場面がある。

ワタシは人の感情がわからない。昔、恋人を傷つけてから、ずっとそのことを気に病んでいた。

だが、今回の公演で鷺島を演じて、ワタシはそんな自分でもいいと思えるようになったのだ。

今でも人の気持ちはわからない。だが、人の身になって考えることはできるそれでいいのだと。

そう思えたことで、ワタシは本当に心が楽になったのだ。

これも密くんと、監督くん、そして冬組のみんなのおかげだ。ありがとう。

この言葉が、今回の公演では絶対にあってほしかった。

なぜそう思うのかというと、一幕全体の流れを見ると、話の主軸が’’失くした時計を見つけること’’に重きを置いていて、本来の’’誉が人の感情を理解できるきっかけを掴み、自分らしさについて気付く’’ことが、薄まっていたように感じるのだ。

確かに、要所要所は抑えているが、シーンの切り貼りで意味が変わってしまったり、説明が足りなかったりしている部分が多いと思う。肝心のソロ曲は探偵ごっこで、心情描写には使われなかった。

そして’’相手の身になって考える’’という、誉にとって今後の指針となるキーワード自体は回収され、自分らしい役作りが出来るようになって良かったねというシーンはあるが、’’誉が自分のことを認められるようになった’’という描写はない。

コンプレックスはそのままでも、別の方法で人とわかりあうことができる、それで良いのだと思えた誉。その姿を、今回の公演で描ききってほしかった。誉さんにとっての希望や、救いのあるシーンが少しでも見られれば良かったな……と、彼のファンである私にはそう映ってしまう。

もちろん、そのせいで公演の全てが悪いと言いたいわけではない。ただ、少しずつ気になる箇所が、積もり積もってしまったなという印象のある一幕だった。

 

二幕感想へ続く。